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れいばんサンのひとりごと

第25球 「ボールが止まって見えた」

戦意を喪失した《メジャー軍団》こと夢小金井市役所チームの選手たちは、ベンチの奥で大きな体を寄せ合いながら、小さくなった上に小刻みに震えていた。中には、終了後に直ぐにでも逃げ出すことができるように、グローブやスパイクまでをも鞄にしまい込む者さえいた。

ホームベース上で、メジャーリーガーのお株を奪うように両手を軽く口に当ててから高らかに両方の人差し指を高く突き上げた黒原茂雄の姿を見て、ようやく我に返ったように、レイバンスベンチから「うおおお」という歓声が上がった。

7回表、ツーアウト1、2塁からの3ランホームラン。
7対6、見事な逆転である。

その後、後続は抑えられたものの《流れはこちらにある》といった空気が、レイバンス選手たちに充満していた。
勢い良くグラウンドに飛び出す選手たちに、花房サトシが最後の言葉をかける。
「もはや、商店街の将来とか、そんなことはどうでもいい。ここまでやってきたことに胸を張って、思い切りやってこいや」
「なあに、言ってやがるんだ」横から、黒原信之が割り込んできた「ここまでやってきたんだ、勝つに決まってるだろ。お前ら、気合入れて行ってこい!」
「な、ばかやろう。せっかくオレがキメたってえのに・・・」
2人の話などとっくの昔に聞く耳持っていない選手たちが、守備位置に散らばり2人の茶番が終わるころには、既に石川雄二が、最初のバッターを1球で仕留めていた。

マウンドに駆け寄った稲見たくみは、少し心配そうに石川に話しかける。
「大丈夫ですか?さっきの回よりも更に球が・・・」
「大丈夫です」石川が少し苦しそうな笑顔で答える「あと2人くらい、何とかします」
定位置に戻った稲見は、石川の気迫に押されたことを少し悔やんだ。明らかに球威が落ちているのならば救いもあるが、周りに気づかれない程度にコントロールの精度が落ちているのだ。
原因ははっきりしている。5回のあのデッドボールで、石川の肩に微妙に痛みが出てきたのだ。
「フォアボール」
審判の叫ぶようなコールで立ち上がった稲見は、もう一度石川のもとに駆け寄ろうと考えたが、直ぐにそれをやめ座り直した。
それまでクールに投げ込んできた天才投手の体に、まるで炎がはっきりと見えるかのような《闘士》を感じたからだ。彼もまた、この試合で《何か》を賭けていたのだ。
「ストラーイク!三振、バッターアウト!!」
これでツーアウトだ。戦意を喪失した相手に、闘士剥き出しの石川が気圧される訳がない。稲見は、先ほどの自分の不安を振りほどいて、次のバッターを迎え撃つ準備に入った。
「あとひとり・・・」レイバンスメンバーの誰もが心で呟いた瞬間、相手ベンチから「タイム」の掛け声がかかった。

「左バッターボックスに入ってください」
ネクストバッターボックスの選手に向かって、花房宏一はこう告げた。
「え?」選手は顔を上げて宏一を一瞬凝視した「だ、だってボク、右利きですよ」
「大丈夫です」
自信たっぷりに言われた選手は、そのまま慣れない左打席に立った。一瞬、味方ベンチにも動揺が走ったが、大きく頭を縦に振って送り出す宏一の姿を見て沈黙した。
「ボールフォア」
再びランナーを進めるコールが審判からなされた。それを聞いてすぐ、キャッチャーの稲見はタイムを取りマウンドに向かった。明らかに石川の制球力が落ちている証拠であった。
きわどい球で落とそうと思えば思うほど、微妙にコントロールが狂うのだ。さらに、右バッターなら思わず当てに行って結果空振りとなる左に逃げるスライダーが、左バッターには有効ではなかった。ましてや、慣れない左バッターは手出しができない。インコースギリギリで外れたまま、空振りをすることもなく見逃し、四球になる。場合によっては、デッドボールになるかもしれない。そこを、宏一は見事に突いたのだ。
「小細工をするのはやめましょう」
稲見は、石川を落ち着かせるためにゆっくりと話しかけた「そうですね」と、石川も冷静さを装って返す。
稲見は、明らかに《頭脳プレー》では相手の方が何枚もウワテと踏んだのだ「真っ直ぐで勝負しましょう」稲見の促しに石川も抵抗はしなかった「もう2アウトです。それに、相手も明らかに力が落ちています。絶対に行けます」
そういって合意した2人が定位置に戻ろうとした時、相手ベンチから新たなコールが行われた。

「代打を出します。代打は私、花房宏一」

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