「早くしなさいよ!本当に、のろまなんだから!」「は、はい・・・」
夢小金井高校の野球部部室裏で、マネージャーの植松栄子が1年生部員の稲見たくみに罵声を浴びせかけていた。洗濯した部員たちのユニフォームを干すのに手間取っている様子だ。
「何度見てもすごいな、こいつは・・・。しかし・・・」
高校のグランドを囲むように張り巡らされたフェンス越しに、双眼鏡で中を覗き見ていた黒原茂雄が呟いた。視線の先にあるのは、ブルペンで投球練習をする板野ユウキの姿だ。1球投じるごとに捕手がボールをこぼすので、すぐに次の投球に入れず少々イラついている。しかし、それよりも異様なのは、グラウンドでは紅白戦のようなものがダラダラと繰り広げられているのに、この光り輝く投手は、端っこで下手くそなキャッチャー相手に投げ込みを繰り返しているだけなのだ。
「こーんなところで女子高生を覗き見でーすかあ?」
「わああっ」突然、真横でヘンな日本語が聞こえてきて思わず茂雄はのけぞった。
「おおっ!なかなか良いケツしてるぜ、あの陸上部の女子。ふへへ」茂雄が落とした双眼鏡を拾い上げた松島真司が、じっくりとグラウンドを舐めるように観察しながら言った。
「な、なんなんだ、アナタたちは・・・!?」
「いえ、別に、ねえシンジちゃん」エリザーベスが松島の腰を触りながら話しかける。
「おいおい、オレはそっちの毛はないぜ、ヨウヘイちゃんよ」
「ファミリーネームで呼ばないでよお」「おお、すまんすまん」
「ファ、ファミリネームなのか・・・ヨウヘイって。っておい、どこに行くんだ!?」
茂雄の呟きを無視して、2人がズカズカと校内に入っていった。「スカウトですよ、スカウト」
なに?という顔をした茂雄に振り向いて、今度は松島が、エリザーベスのモノマネで続ける
「茂雄ちゃんもそろそろ、仲間に入ったらどうだい!?」そう言って、うひょひょひょ、という怪しい笑い声を立てながら校内に侵入していった。2人を呆然と眺めていた茂雄だったが、慌てて追いかけた。
「男なんだから、もっとしっかりしなさいよ!」「は、はい・・」
栄子マネージャーに叱られながら、稲見はふらふらと大量の洗濯物の入ったカゴを慎重に持って歩いた。
「・・・ん?な、なによ、あれ!?」指導しながら歩く栄子が、前方に何かを発見したようだ。
「おいおい、押すな押すな・・・!」エリザーベスと松島が、こそこそと生垣から顔を少しだけ覗かせていた。
そこに、ようやく2人を探し出した茂雄が到着した。
「ちょっとそこの2人、どうしてオレの名前を・・・」
「しっ!」
茂雄の質問を制してエリザーベスが小声で叫び諭す。「いま、いいところなんだから!」
2人が覗き込んでいるのはグラウンドではなく、体育館裏の隠れた場所で逢引する高校生カップルだった。
「ちゅー、ちゅー」と、2人は唇を付き出しながら目を凝らしている。
「こらー!なにをしているの、そこのあんたたち!分かった!私のダーリン・ユウキ様を覗きに来たのね。許さんー!・・・って、男か。いやでもあやし~っ」
「ん?」栄子マネージャーの叱責に気づいた3人のうち、茂雄は慌てて隠れたが、2人は堂々とその場に立ち上がった。
もちろん、このドタバタの間に騒ぎに気づいた高校生カップルは、すぐに霧散したが。
キリ
っとした顔つきになった2人が、栄子をじっと見つめ返した。
「お嬢さん、これは大変失礼いたしました」そっと栄子の手を取る松島「私たちは、とある国から雇われた《秘密調査員》でございまして、現在、この国の部活動というのものを密かに調べている最中なのでございます」
「秘密って・・・。バラしてちゃ秘密じゃないじゃん」
隠れながら小声で突っ込む茂雄であったが、栄子は裏腹に目をハートにしている。
「そ、そうですよね、わかります。イ、イケメン、いえ、こんな綺麗な目をした男性が悪いことをするはずがありませんもの」
ガクっとなる茂雄。もはやいろんなツッコミがあるが無視することにした。
「綺麗なお嬢様、私たちの調査にご協力していただけますか?」
わっ、こちらもイケメンと、さらに目をハートにしてエリザーベスを眺める栄子。
「ひゃ、ひゃい・・・」もはや返事も声になっていない。
「あっちの男は分かるが、こっちのオカマみたいなガイコク人はそんなにイケメンかあ・・・?」
茂雄は自らへのツッコミから我に返り「まあ、そんなこと気にしている場合じゃないか。とにかく、オレも行こう」そういって、隠れるのをやめ生垣を後にした。
「なんだなんだ、どうした?」マネージャー・栄子の先ほどの叫び声に反応した野球部員たちも集まってきていた。「これはもう、隠し切れないな」という顔をして、松島が本当のことを語りはじめる。
「皆さん、お騒がせいたしました。実は私たち、稲見たくみクンをスカウトしに来ました!」
「・・・え?えええっ!?・・・ぼ、ぼく?」