Home > Murmur of Reiban-san
れいばんサンのひとりごと

第1球 「三振を恐れていちゃ何もできない」

「そうか・・・お前も出て行くか・・・」
「ああ、すまんな。土地を買ってくれるだけでもありがたい時代だ。売ったカネで、娘夫婦と二世帯住宅というやつさ」
居酒屋《球壱(たまいち)》の店主・花房サトシは、同じ商店街で生まれ育った幼馴染を寂しそうな声で見送った。
「達者でな・・・」
東京の郊外にある夢小金井商栄会。
昨今の不況や跡継ぎ問題、そして駅前に乱立するスーパーやコンビニエンスストアの影響で、この小さな商店街にも数年前から《シャッター》が目立つようになってきていた。


夢小金井 バチコイ祭りの“華”   第1球 「三振を恐れていちゃ何もできない」の巻


「バカヤロー!居酒屋の跡継ぎが玉ねぎも剥けないでどうすんだー!」
父・サトシが叫びながら投げ出した、包丁やらフライパンやらをヒラリとかわし、21歳無職の息子・花房タツヤが答える。
「商売道具を投げつける男に、そんな説教されたくねえや。あばよー!」
「ど、どこに行くんだこの、バカ息子。仕込みを手伝えー!」
聞く耳も持たず、タツヤは商店街の通りを歩くまばらな人並みを逆走した。
「ったく・・・年とって生まれた次男だからって、甘やかし過ぎたか・・・」
「まあまあサトシちゃんよ、若い時はあんなもんだって」
幼馴染で理容師の吉田幸太郎が、店のカウンターに座りのんびりと諭した。
「そうだぜ、お前だってそうだったろ」同じく幼馴染で大工の清水大三郎が、店の日本酒を勝手にコップに注ぎながら続ける。
カーッ!
「うるせええ!!おめーらも、こんなところで油売ってないで、早く仕事に戻りやがれ!」友人たちに包丁を向けるサトシ。
「ああ、おっかねえおっかねえ。アヤヤちゃんも、自分の旦那と息子が毎日毎日飽きもしないで言い合いしてるなんて思ったら、草場の陰から泣いてるよ、ホント」
「じゃかあしいい!お前らもう、二度と店に来るなー!!」サトシの怒号が商店街中にこだました。


「まったくよお、なんでオレが居酒屋なんか継がなきゃいけねんだよ。オレは『シェフ』になるのが夢なんだよ。あんな汚え店なんかじゃなくてよ、もっとこうオサレできれいな店でよお、ステーキかなんか焼いてよお」
「まあ、仕事があるだけマシだぞ。オレみたいに、学校出てから定職に就かないでふらふらしてる人間には、不景気はいっそう厳しくあたるもんだ」
児童公園を少し広くしたような広場の端にある小高い芝生で、隣に座るタツヤに、友人の黒原茂雄が呟いた。
「おいおい、だったらふらふらしてないで、仕事探せばいいだろう」
「なんだよ、お前までオヤジみたいに説教かよ」
茂雄は、上体を芝生に倒しながら、のんびりとした口調でタツヤに反逆した。
「悪い、悪い。だけど、お前はいいよなあ。代々続く商店のご子息ってわけじゃないんだ。無理やり自分の人生を決められるワケじゃないんだしなあ」
「・・・怒るぞ。これでも悩んでるんだ。オヤジが市議会議員なんかになっちまって、その秘書だとかなんとかで、なんだかんだ言って家に閉じ込められるんだからな」
「そりゃそうだな。はあ・・・」

スコーン!
「い、いってえええええええ!」
ため息をついて上体を倒しかけたタツヤの額に、突然、白い野球の軟式ボールが直撃した。

「あーそこの人~、ボールをこっちに投げてくれませんかあー?」
上体を飛び起こした2人の視線の先で、ユニフォーム姿の中年が叫んでいる。
「おいおいおいおいおーい!その前に謝るのが先だろ!っていうか、ここ公園だぞ、野球なんかしちゃダメだろ!」
「野球じゃありませんよ。5人で軽く練習しているだけです。まあいいから、早く返してくださいよ。ボール。返してくれないのなら窃盗罪で訴えますよ」
カチーン
急激に怒りが増幅しピークに達したタツヤ。まあ、普通の人間よりは、若干メーターは低い。
「ダー!!」勢いに任せて、ボールをグラウンドとは反対側に向けて投げた。
「ちょ、ちょっとちょっとお、何してるんですか。キミたち、名前と連絡先を教えなさい!親に指導してもらいます。まったくこういう若者がいるから今の日本は、ぶつぶつぶつ・・・」ズカズカと、文句をいいながら男が近づいてきた。
「な、なんだよ。やんのかよ?」
タツヤが応戦の構えに出たところで、茂雄が呟いた。
「オヤジ・・・」
「へ・・・?こ、こいつが・・・?」
茂雄の目は、近づいてくる男ではなく、その向こうを見ていた。

グランド予約 草野球公園3番地 東京バトルリーグ 天気予報 草野球の窓 花房ボクサー犬訓練所 プロダクションNEKOICHI ペンションさんどりよん