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れいばんサンのひとりごと

第16球 「きついときほど、笑っていようかなと思います」

「しかし、アノ謙介と、こんな形で再会することになるとはなあ」
警察官・佐藤一輝が、居酒屋《球壱》の外に出て、帽子をかぶり直し、店主・花房サトシらに頭を下げた後、魚屋三代目・高田謙介に向き直って言った。
「学校にも行かずに、ほとんど警察署にいる方が長かったんじゃないか?当時新人だったオレもそうだけど、いまじゃ署長になった小池部長も手を焼いていたもんなあ。みんな、久し振りに会いたがってるよ」
「一輝さん勘弁してくださいよ。久し振りだからって、用もないのにもう警察署には行きたくないっすよ」
「そりゃそうだな。ははは。じゃあな」そういって自転車にまたがり、走らせながら「試合、がんばれよー。応援に行くからな!」と言って、佐藤一輝は去っていった。

数日後

「いやー、良い拾いもんだったよなあ。萌子ちゃんのカレシが、萌子ちゃんと同じ野球部だったなんてなあ」
「いや、あの、カレシじゃないです。まだ・・・」
「『まだ』とか言って、かわいいねえ。ひゅーひゅー!付き合っちゃえよお」
バコーン!
「ばあかやろう!はやく練習しやがれ、ド素人」
一連の騒ぎで商店街のピンチを知った新津フミヤが、チームに協力してくれることになった。実は新津は、中学野球の東京代表選手だったのだ。その新津を冷やかす花房タツヤの頭を父・サトシがグローブで殴り呟いた。
「あとは、萌子が入ればな・・・」

「・・・へたくそ」
グラウンドのフェンス越しに練習を一瞥して、小森萌子はやりきれない悪態をついた。

「バシっ!」
名もなき男たちに襲われ、そこから自ら脱出したあと警察官に連れて行かれた居酒屋で、不意を突いて萌子は平手打ちされた。
「夢なんてさ、やってみなきゃ、叶うかどうかも分からないぜ」
普段は鬼嫁に泣かされている情けない男の一言に、萌子は、反逆しながらもなぜか涙が止まらず、恥ずかしさで目を伏せた。

「ふ・・・」 あの時を思い出し、萌子は得も言われぬ思いに覆われ、思わず苦笑した。
「あなたも、あきらめないで向かって行ってみたら?」「え?」
いつの間にか横に立っていたスーツが似合う20代の美しい女性を一瞬見て、萌子は苦笑から一転 顔が火照るのを感じた。あまり大人の女性に話しかけられる経験がないこともあるが、堂々としながらも可愛らしさの残る女性・新川めぐみの言葉は、萌子の脳の表面からじわじわと奥まで浸透した。
「あなた方の敵である男は、不本意でもなんでも全力を尽くすひとよ・・・」
「・・・・・」
言い残して去る女性を萌子は見送った後、再びグラウンドに目を移した。そして久しぶりに、心の底から笑顔を見せた。

「あんまり、敵を大きくしたら中立の立場である私が怒られるんだがねえ」
クルマに戻った荒川に、少年のように花房宏一が冗談を言って少し笑った。
「市長も、ずいぶんと手助けしているように感じますが?」
今度は、いたずら少女のような横顔で新川が珍しく宏一に笑顔で反論した。


1ヶ月後・・・・・。

「え?いま、なんと・・・」
「本当にすいません。せめて試合が終わってからと思ったのですが、急に先方の受け入れ体制が整ったらしく・・・」
「ええ~・・・」落胆するタツヤの横を、遅れてきた茂雄が「ごめんごめん」と言いながら練習グラウンドに入ってきた。
「ん、どうした?・・・・・ええええええ~!?」
タツヤと同様に、燃え尽きて白髪になったボクサーの様に、ベンチの横で黒原茂雄もうなだれた。
「まったく、役に立たない2本柱だなあ」
コーチを買って出た大三郎や吉田らのグチにも、2人は全く反応しない。
しかし、それは確かにそうだ。なぜなら、突然、深栖がアメリカに留学すると言い出したのだから。
「はあ~い、遅くなりましたあ。そして重大な発表がありまあす」
しばらく力を落としていたタツヤと茂雄がようやく体を起こしたところに、エリザーベスが入ってきた。
「わたーし、きょうでチームともお別れでーす」
「はあ?」一同が顔を見合わせ何を言っているのか?と疑問を呈したのにも構わずエリザーベスが話し続ける
「わたくーし、あしたからサンバ祭りの特訓でしばらく顔を出せません~」「サンバあああ???」
予期せぬ2人の離脱に一瞬士気が最大下降をし始めた瞬間「あ、その代わりを連れてきまーしたあ」とエリザーベスが続ける。
「なんだよ、それを早く言えよ!」一同は、エリザーベスの見立てに期待した。
「どうぞ!」エリザーベスの掛け声でグラウンドに現れたのは2人の青年。
「おお、若いな!いいぞ」と言った声があがった。「で、野球歴はどのくらいで?」
「こっちのミヤッティは、すべての野球アニメにも精通していてー、こちらのコーヘイは、パワフルプロ野球の全てのシリーズを最終シーズンまでやり遂げている男でーす。私の親友たちね。私もビデオ・ゲームとアニメ、だいすき!」


農場での基礎体力作りの特訓に加えた、1週間に3回の《グラウンドを使った猛特訓》が開始された。
その球場の端には、孔雀のような羽をケツに差し込まれた《気絶体》が1体転がっていた。

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