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れいばんサンのひとりごと

第24球 「自分との戦いこそ明暗を分ける」

まったく予想ができなかった展開に対して《メジャー軍団》こと夢小金井市役所チーム側は、明らかに動揺の色が隠しきれなくなっていた。戦う前は、外国人選手たちの間で「10点以上の得点で、そこからどのくらい加算されるか」との賭けまで行われていたほどだ。それが、得点は2ケタの半分。それどころか、相手はヒタヒタといやらしい音を立てながら、すぐに追いつくぞという顔で近づいてくる。繊細な野球を少年時代から叩き込まれる日本人と違って、よく言えば《大きな》野球しか教わってこなかった特にアメリカ人選手たちは、こんな末端の草野球までもが、細かくイライラさせられる展開を強いられると夢にも思っていなかったのだろう。
「もはや、ブック(賭け)の方法を変えたらどうだ」アメリカ人選手Aが言う。
「おいおい、試合は始まっているどころか終盤なんだぜ」Bが言う。
「そうさ、10点に届かなかったら、全員ドローさ」Cが言う。
しかし一様にその言葉を吐き終えてから、同時にため息をついた。
「まだ諦めないでくださいよ!こっちは真剣勝負なんだからっ」
落胆する外国人選手に喝を入れるように、市役所職員の仲村健吾が大きな声をあげた。試合は終わっていないどころか、こちらが勝っているのだ。しかも相手は、ほぼ《素人集団》と言っても過言ではない。こちらも、プロ野球選手ではないとはいえ、普段から肉体を鍛えているアーミーたちなのだ。野球だってなんだって日本人を押さえつけられるはず、といささか日本の市役所職員とは思えない内容で士気を高めることに尽力した。

「しかし、オヤジたちがこんなに野球に詳しかったとはなあ」
試合も終盤である。これまでコーチをしてきた自分たちを信じていなかったのか?といった顔で、花房サトシ以下の旧・野球少年たちが息子・タツヤを凝視した。
カキーン。
つまらない関心に心を奪われている場合ではない。虚を突かれた快音を聞いて、慌ててオヤジたちは、首を180度戻してグラウンドに目を向けた。
自分たちを雇っている極東の男に一喝され、瞬間我を取り戻した外国人選手たちが目覚めたのだ。
放たれた豪快な打球は、外野選手の頭を超えグラウンドの端まで転々と転がった。その間にランナーは一気に三塁を陥れる。そして、返球された球は三塁手の頭を越えてしまった。
「走れー!」
誰ともつかず、市役所チームのベンチ側から声が上がった。と同時に、慌てふためくレイバンス選手たちを横目で見ながら、打者がホームに生還。勝ちを得るための貴重な追加点となった。


「まだ、終わってはいない」
ベンチに戻った選手たちにサトシが静かに話しかけた。
頭を地面に向けながら、どっかりと座り込むレイバンス選手たちは何も答えようとはしなかった。
「相手のピッチャーも、さすがに予想しない展開にヘバっている。元々そんなに変化球も厳しくはない、よく見て打てばなんの問題も・・・」「問題ないよ」黒原茂雄が割り込んで呟いた「疲れただけさ。ちょっとした休憩だよ。まだまだ終わったなんて、ぜんぜん思ってねえよ」
「あったりめーだ!」そう言ってタツヤが茂雄の肩を思い切り叩いた「って、なんかの高校野球ドラマの名文句みたいだな」
「ああ、確かにそれは原作マンガには出てこないけどドラマではよく出てくるセリフですね、そう、ルーキ・・・」
「やかましい!いいから、お前は打席に行け!・・・って、ああそうか、もうベンチ組か」
アニメオタクだがドラマも少し見ていた宮田潤一郎の解説に喝を入れたあと、タツヤはそのまま茂雄に向き直った「大丈夫。相手はニンゲンなんだ。そして、こっちは超人なんだ。ぜってー勝てるさ!」
「ああ」
根拠のないタツヤのセリフに、茂雄はほっとして微笑んだ。

「せーッフ!」
ボテボテのゴロだったが、足を活かして必死で走った萌子が、見事に一塁ベースに生還していた。そして、続く高橋が送りバントで2アウト二塁となった。相変わらずの細かい野球にオロオロするアメリカ人を中心とした外国人選手たちを突いた見事な攻撃だった。この作戦が更に功を奏して、タツヤに代わって守備についた理容師の吉田幸太郎が、選球眼を活かしファーボールで出塁。そして、4番・黒原茂雄がバッターボックスに入った。

「いくらお前の頼みでも、ぜったい野球なんかやらねえよ!」
吐き捨てるようにタツヤに言っていた茂雄が、今、こうして皆と一緒にグラウンドに立っている。感慨に浸っている場合ではないことをタツヤも重々承知してはいるが、この場面だからこそ頭にそれが侵入してきたのだ。もはや、商店街を救うとか、そんなことはどうでも良かった。こうして皆で一丸となれたことに、タツヤは今まで感じたことのない喜びを味わっていた。

カキーン!!

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