「いやー、しかしケンちゃんが左右両方投げられるとはなあ」
「へへ・・。これは武器になると思って」
「すごいよ!・・・でもさあ、左右両方打てるなら武器だけど、両投げは意味あるの?」
「・・・た、たしかに」
「おいこら待てー!!」
練習を終えて、グラウンドから自宅のある商店街に向かう途中の花房タツヤと高田謙介の会話に、妙な甲高い叫びが割り込んできた。「ん?」と二人が顔を見合わせたところに「わー、どいてどいてー!」と勢い余った白い自転車が突っ込んできた。
がしゃーん!
「いってー!」そう言いながら倒れこんだタツヤと高田の横には、警察官・佐藤一輝が転がった。
しかし警察官・佐藤は「ふん!」と鼻を思い切り鳴らし、すぐに上体を起こした。
「あ、あれ?・・・か、一輝さんじゃないスか、久し振りです!」
むっくりと体を起こした高田が、佐藤に気付き話しかけた。
「ん・・?だ、だれだったっけ・・・って、あー!け、謙介じゃないか、久し振りだなあ!」
抱擁体制に入った佐藤だが、すかさず自分の任務を思い出して叫ぶ。
「すまん!今はお前と再会の喜びを噛みしめている時間はないんだ!」
「ケ、ケンちゃん、このお巡りさん、知り合いなの?」
「うん?ま、まあね。ところで佐藤さん、急いでいるようだけど、何が?」
自転車を起こして、すでに走る体制に入っていた佐藤は、ちらりと顔を後ろに向けて叫んだ。
「たぶん、あの女の子がヤツらにさらわれた!」
「大丈夫だよ、目撃者も結構いたようだし、警察も探しているから」
居酒屋《球壱》で、花房サトシは心配する山田浩二を慰めた。
「ちょっと浩二!どういうことなの!!」
沈黙する居酒屋店内に、1人の女性が勢いよく入ってきた。
「ねえさん・・・」「先生・・・!」
山田が、勢いよく入ってきた姉の結花に話しかけると同時に、タツヤと高田が同時に結花に話しかけた。
「せ、せんせい?」
驚いたサトシと、店内にいた大工・清水大三郎、理容師・吉田幸次郎も目を合わせた。
「まさか、山田さんのお姉さんが、こいつらの中学時代の先生だったとはなあ」
感慨深く頷きながら、サトシはカウンターに座る結花に茶を差し出した。
「ありがとうございます。そ、それよりも萌子は・・・!」
「警察が探してくれているよ、姉さん」
「やっぱり、あの娘はニュージーランドに一緒に連れて行くわ。浩二、あなたに任せて置いて行くわけにはいかない」
「だけど姉さん、好きなことを途中でやめさせるよりは全力で当たらせる方が教育上良いかもって、納得したじゃないか」
「でも、状況が変わったでしょ!こんな危険な目に遭ってるのに、私の目から離すわけにはいかないわ!それに、やっぱり野球の話は撤回よ!夢を持ってもその先がないんじゃ、何のためにやっているのか分からないじゃない。あの娘がかわいそうだわ!ニュージーランドに行けば、野球のことなんか忘れるはずよ」
「姉さん・・・それじゃ姉さんと一緒じゃない・・・」
言いかけたところで山田はハッとなった。
夢をあきらめて新しい道に邁進し、その延長線上で、夫の事も全力で愛することで突き進んできた姉の人生を否定することを言うようで、己を呪い反省した。それに、自分自身の生き方も否定するようで怖かったのだ。
「なあ先生・・・」
姉弟が言い合いをする合間を縫うように、高田謙介が徐に口をはさんだ。
「先生、どうしちまったんだよ。昔の先生ならさ、この場合は絶対に、萌子ちゃんに野球をやらせてやったんじゃないのか?昔のオレにしたみたいにさ・・・」
「高田くん・・・」
ガシャーン!
「うっせーんだよ!テメーら大人に何が分かるってんだ!」
窓ガラスをモンキーレンチで叩き割った中学生・高田謙介は、そのまま振りかぶって男性教師に向かっていった。男性教師は思わず生徒を盾にして逃げる。
ガッ!
その時、盾になった生徒と高田の間に、女性教師が割って入った。振り下ろされたレンチは、女性教師の肩をかすめ、カランと音を立てて転がった。
「だ、大丈夫ですか!?山田先生・・・!」
一瞬ひるんだ高田を見て、腰が引けていた男性教師たち数名が一斉に新人女性教師・山田結花のもとに駆け寄り、同時に高田の腕や足を抱えた。
「お、お前高田!こんなことしてタダで済むと・・・」
「やめてください!」