「プレイボール!」
球場に一気に緊張が走った。挨拶を終え、ベンチに戻ったレイバンスのメンバーたちは、一斉に喉を鳴らしてツバを飲み込んだ。どうやら、整列時から緊張していたらしい。「はあ・・・」緊張から解かれたその時、相手方ベンチを見た黒原茂雄が何かに気づく。「あれ?あいつ、エリザーベスじゃねえか?」
「ん?」目を細めて遠くを見定めた花房タツヤが喚いた。
「どうわー!ほ、ほんとだ。何やってんだ、エリザーベス!」
その声に気づいたエリザーベスは、にやりと笑って
「カネで買われマスたー」
カタカタカタと、試合の分析を試みる岩長耕平の頭を平手打ちしながら、花房タツヤは大きな声で1番・小森萌子にエールを送った。
グラウンドの端には、大きな羽をケツに刺された《物体》が転がっていたが、敵も味方もそれとなく無視した。
「ぜってー勝つからなー!!」
「へい、なんて言ったんだい?あのボウズは。」
助っ人としてカネで雇われた横田基地の米兵T.D.ヒラーノーが、通訳代わりの市役所職員・慎秋男選手をマウンドに呼びつけて聞いてきた。
「勝つつもりらしい」「ほえっ」慎の通訳に、はっきりと間の抜けた声で答え、そして、レイバンスベンチにも聞こえる程の大声で笑った。
「リアリー!?相手はこの間までド素人だったんだろ?そりゃオレたちも、特にがっちりベースボールの経験があるわけじゃあねえけどよ。日々の鍛え方が違うってえの。それに、勝てば1000ドルのご褒美があるんだ。負けてもらわらなきゃ困るんだけどなあ、キッドたちよ」
市役所チームのメンバーは、役場内でも野球経験の豊富な数名が抜擢され、それに加えて、米軍横田基地に駐留する兵士5人をコネで借り出し、さらにインターネットでは《ギャラ付き》で、エリザーベスのような外国人数名を募集していた。
「三振、バッターアウト」
速球という程ではなかったが、かなりパワーがあるT.D.ヒラーノーの《重い》ボールに翻弄され、レイバンス打者は3人であっという間に終了した。
1回ウラ。市役所チームの攻撃。
「しまっていきましょうー!」キャッチャー稲見たくみの大きな掛け声とともに、選手たちも気合いを入れた。ここ数ヶ月、みっちり茂雄の父・信之に仕込まれた投球フォームで、タツヤは強い第1球を投げ込んだ。
「ストラーイク!!」
「ほお」と、サトシは関心したように漏らした。横でそれを聞いた信之は「当たり前だろう、この俺様がみっちり仕込んだんだからな」
いつものサトシならここで、犬猿の仲である信之に激しいツッコミを入れるところであるが、今回ばかりはコーチとしての力量に感謝していると共に、今は《仲間》であるという意識をしっかり持っていた。
「なあ」サトシはツッコミの代わりに、徐に信之に質問を投げかけた「市議会議員のお前が、道路建設反対派のウチのチームに来て良かったのかよ?」
信之は「ふっ」という顔をしてこう答えた「馬鹿かお前は。オレは市議会議員である前に、夢小金井商栄会育ちのガキ大将だ」
「ばかやろう!大将はオレだったろ!お前はちょこまかしてただけのクセに」
先程はやり過ごしたサトシが、今度はなぜか反逆したので、しばらく言い合いが続いた。
カキーン!
大騒ぎしている父親たちの向こうで、息子たちがピンチに立たされていた。日本人数名がランナーに出ると、パワー全開のアメリカ兵たちが力任せにタツヤの球を跳ね返し、長打の結果3点を献上していたのだ。
「はあ、はあ、はあ」
ようやくベンチに戻ってきたタツヤは既に息が上がっていた。誰も話しかけることが出来ない。そして攻撃の勢いも出ることはなく、ここも3人で終了した。
2回裏、なかなか休む間もなく守備につくことになったメンバーにミスが出始め、さらに1点を失った。
「す、すまねえ」
「ばか、何言ってんだよ。お前のせいなんかじゃねえよ」
タツヤの謝罪に、茂雄が皆に聞こえるように応対する「打てないオレたちも悪いんだからよ」そう言って、打者としての自分にも発破をかけた。
3回になり、ようやく粘りの投球をみせたタツヤだが、味方のエラーが重なり1失点。
気がつけば、4回ウラまでの間に0対5と大差をつけられていた。
草野球はプロ野球と違い7回終了が基本。
この対決もそれが約束されていた。つまり、試合は既に終盤へ差し掛かろうとしていたのだ。
ガチャ
意気消沈のメンバーは一瞬、ベンチの扉が開くことに気づかなかった。
「遅れて申し訳ございません」
そう言われて、ようやく人が入ってきたことに気づき、タツヤが呟いた。
「い、石川、さん・・・」