「あ・・・」
クルマから降りてきた男は、背がそれほど高いわけではないが、伸びた背筋がその体格を大きく見せており、見事に着こなされたスーツは嫌味のある高級感を漂わせることなく、気品の高さをオーラと共に発していた。
その姿を見て、一言何かを発しかけた花房タツヤよりも早く、市役所職員・仲村健吾が大慌てでクルマに駆け寄った。
「し、市長!わざわざこんなところまで出向いていただかなくても!」
「そうですよ、こちらからご挨拶、いや、ご案内に参りましたものを・・・」
口をパクパクと動かしていた仲村の横で、すかさず話しかけたのは中堅建設会社社長の池田まさおだ。
「池田さん、前の市長時代はどうだったのか分かりませんが、私は手続きというものを重んじる方ですので、特別な理由がない限りは・・・」
「あー、あー、もちろん!もちろん言わんとしていることは分かっていますとも。ええええ。まあ、先生。それより我が友人の仲村さんが、間もなく行われる隣町市役所チームとの対戦に備えて、ビシバシ練習している姿をじっくりとどうぞ、ええええ、見ていってやっておく・・・」
「仲村さん、いまは5時を過ぎているので勤務時間外とは存じますが、午前中に南夢小金井公園でお見かけしたとの話もありますが?」
「あ、いや、そのー。し、視察です。そうそう、視察をしておりました!あの公園の近くにある商店街が、この度の道路建設の予定地になっておりまして」
「・・・その道路について、少々、気になることがあったので直接こうして私も視察にきたのです。本当に道路建設は市民のためになるのかどうかと」
「な、何をおっしゃいますか!」すかさず中堅建設会社社長の池田が口を挟む「私も一市民として申しますが、あそこに道路があってくれた方が良いの悪いの何のって、いや、良いの良いの何のって!今はこう、大きな川の蛇行のようになっているでしょ、道路が。こんなの健全じゃないに決まってるの決まってないの何のって・・・」
「分かっています」池田の話を断ち切るように、市長と呼ばれた男は続けた「市民の役に立つのかどうかは、最終的には私が判断します」
「待てよ、兄貴!」
「あ、兄貴??」タツヤのセリフに、一同口をぱくぱくさせて驚いた。
「なあ、どういうことなんだよ。商店街を潰して道路を作るだと?やっぱり兄貴はあれか、ここは自分の故郷じゃないってことかよ。そりゃそうだよな、中学の頃から都会の私立高校に行ってりゃ、愛着もクソもないよな。ああああ、これだからインテリは困るぜ。東大出て官僚を直ぐ辞めて国会議員になって、それですぐに『33歳の若い市長誕生』とかモテはやされて、結局、自分には愛着のない町の壊滅をご希望ってことですかい?へえへえ、そりゃエラい・・・」
「店を、継ぐのに抵抗しているそうじゃないか」
自分の身の上話を他人にされるのを嫌うように、市長と呼ばれた男・花房ヒロカズは、弟・タツヤの言葉を静かに制した。
「べ、別に継ぐとか継がないとか、そういう・・・」
「いずれにしても、お前には関係のない話だ。夢を見つけたのならば、せめてそれに邁進しろ」
「な・・・」何かを言いかけた時には既に、宏一は踵を返してクルマに乗り込もうとしていた。中堅建設会社社長の池田と市役所道路公園管理課長の仲村が、手揉みをする仕草で近づきドアを開けようとした時、後ろからタツヤが叫んだ。
「待てよ、兄貴!自分が夢を途中で投げ出したからって、いちいち世間にヘンな反逆はするなよ!」
「どういう意味だ」座席に座りドアを閉めようとした手を途中で止め、宏一がタツヤに問い質した。
「私はくだらない夢に固執はしない。前に向かって進むのみだ」
「へん!な、何を言ってやがる。夢が叶わないと知ったらすぐに小さくなるのも悪いクセだ。どうせ国会でもうまくいかなかったから、こうやって町に帰ってきたんだろ!」
カッとなり反逆するのが常人だが、宏一はそこで冷静にドアを閉め、クルマの発車を運転手に命じた。
「待てよ!」クルマの前に出るタツヤ「今度こそ、勝負したらどうなんだよ!」
何を言っている、どけ、と言いかけた宏一に、目を真っ赤にしてタツヤが続けた。
「オレは・・・オレは別に店なんか継ぎたくないけど、あの商店街は無くしたくねえんだよ!兄貴だって、母さんとの思い出をこの世から消したくはないだろう!」
「!」
「オレは、兄貴と一緒に毎日キャッチボールして、それがよく店とかに入って、それでもって八百屋のおっちゃんに怒られたり、魚屋の、あ、そうだよ今じゃ魚屋は高田んとこのケンちゃんがしっかり継いでるんだぜ、そんな、そんな・・・その・・・何言ってんだ、オレ・・・・」
「出してください」運転手に命じる宏一。
「で、でも前に彼が・・・」運転手の狼狽と同時に、タツヤの声が耳に入った。
「兄貴、オレたちと勝負して決めてくれ!」