一塁に向かう姿を見守る選手たちの心配をよそに、石川雄二は「大丈夫です」と笑顔を向け、途中から走って塁に向かった。それを見て他の選手たちはほっとひと安心する。しかしその回は、石川のデッドボールも虚しく、三者残塁に終わった。
5回ウラ
石川の投球はさらに精彩を放ち、相手チームはバットに当てることが全く出来ない。そして3人で攻撃を終了。
6回表。息を切らすレイバンスメンバーたち
「あと、あと2回で、終わりか・・・」
アウトとなりベンチに戻ってきた岩長耕平が呟いた瞬間、フォアボールのコールとともに、萌子が一塁に向かった。
「まだ終わっちゃいねえよ」バッターボックスに向かう3番・花房タツヤが、岩長に怒るでもなく、呟いた「あきらめねえ」。
渾身の力を振り絞って打ったタツヤの打球は、高らかに相手センターの頭上を越えた。
盗塁で2塁に進んだ萌子が、一気にホームへかえる。1得点。
さらに、一気に三塁を狙うタツヤの横を一瞬早くボールが通り抜けた。少しそれたボールをギリギリのところでキャッチした三塁手は、すかさず走り寄るランナー向けて突進した。
交錯。
倒れこみながらも、攻守両者が一枚のベースに掴みかかる格好を取っていた。
「セーフ!」
審判の声が球場内にこだまする。同時に、レイバンスベンチからは大きな歓声が響き渡った。
「うう・・・」
喜んだのも束の間、腕を押さえて起き上がらないタツヤのもとに、サトシ以下オヤジたちが駆け寄った。「だ、大丈夫・・・ではないな・・・」
覗きこんだタツヤの腕は交錯の瞬間ヘンな方向にでも曲がったのか、自分の意思では動かせない様子が伺えた。
「ち、ちきしょう・・・」悔しがりながらベンチに戻るタツヤを心配そうに眺めるレイバンスのメンバーたち。
「いってえ!」触っただけで悲鳴をあげるタツヤを尻目に、サトシは直ぐさま審判に選手交代を告げた。
「ば、ばか、できるよ!」そういったタツヤの頭を、サトシは思い切り平手で叩き下ろした。
「ばかやろう。オレたちはプロ野球選手でも甲子園を目指している高校生でもねえんだ。ケガしたら素直に降りるのが当然だ」
「で、でもよ・・・」言いかけたところで、次の言葉が出ず。そして、今まで経験もしたことがないようなアツい感情が、腹の奥底を経由して胸まで到達し、自分でも驚くほどの量の涙が、文字通り溢れるように目からこぼれ落ちた。
「まあ、捻挫ね」
男たちが一斉にタツヤの涙に誘われたのをよそに、急きょマネージャーを引き受けた看護師志望の植松栄子が、思い切り冷静に診断を下した。
「え、でもこの痛がり方じゃ、折れて・・・」
「折れていたら腕を振り上げるのも厳しいわよ。それに、指、動かせているし」
よく見たら、確かにタツヤは指をピクピクと動かしている。持っていた湿布を下敷きに、念のため包帯で思い切り腕を固定した栄子は「よし」と言って、タツヤの患部をポンと叩いた。「いてー」叫ぶタツヤに対して「男のくせに大げさなんだから」と苦笑いして、再びグラウンドに目を向け応援を再開した。
呆然と口を開けていたサトシたちも、ハッとなり試合に頭の集中を戻した瞬間、代走の理容師・吉田幸太郎が、ホームに生還していた。
どうやら、ケガのゴタゴタは他に任せて試合に集中することを早々に察知した黒原茂雄が、レフトとショートの間に落ちるテキサスヒットを放ち出塁、続く新津フミヤが相手の隙をつくバントヒットで出塁。さらに、動揺した相手の送球が逸れ、黒原が一気にホームまで走塁。その間に、俊足・新津が三塁へ進んだ。さらに、大林淳が相手のエラーを誘う内野ゴロを放っている間に新津が生還。大林も激走のヘッドスライディングでセーフとなり、この回4点をもぎ取った。
5対4。
まだまだ、勝利を確信できるまでには遠い道のりである。しかし、相手を動揺させるには十分大きな《4点》となった。
「お前の執念が呼び込んだ4点だ。あとは勝利を手にするまで、そこでゆっくり観戦していろ」
悔しそうにベンチに座っていたタツヤに対して、サトシは微笑みながら話しかけた。
「ああ」タツヤも、その言葉を聞いて冷静さを取り戻した。そして「よーし、続けー!」と、渾身の大声を張り上げた。
明らかに動揺が激しくなった市役所チーム。アウト1つが奪えないことに焦りと苛立ちの色を濃くしていった。まさかここで同点に追いつかれでもしたら。そう考えると、力だけに任せて試合を進めてきた野球素人たちにとって、冷静にことを構える余裕を持ちあわせてはいなかった。