HOME > れいばんサンのひとりごと > 2023年11月5日号
れいばんサンのひとりごと
■遠く離れし 記憶の 向こう
思えば昨年の漢字は「戦」だった。誠に禍々しい言葉が選ばれたものだが、事実だから仕方がない。

片面からは無謀とも思える侵攻から、出口の見えないまま1年8ヶ月以上が過ぎた。

同国で暮らす人たちは、日々の銃弾に怯えながら苦難に耐えていることだろう。

まるで他人事のように記す。全く持って遺憾ではあるが、これもまた現実である。

対岸の火事と悠長に構える気は無いが、遠く離れた地の我々は、憫察して顔を歪めたところで、次の瞬間微笑ましいCMに笑顔する。

これを非難することもされることも本意ではない。言詮不及の陥穽から心配するのが精一杯なのだ。

この国が戦禍を逃れて80年近くが過ぎた。全くもって素晴らしいの一言に尽きる。今後もこの壮挙を繋縛としながらも把持したい。

「暈け」と言われようが、以後100周年200周年を迎えることは御膳上等の極みだと言えよう。

暖かな晩秋に、気候変動への懸念はあるが、平和に野球に興じる身としてはありがたさを感じる。

そんな季節の変わり目に心奪われるさなか、またぞろ別の遠くの国では余計な行動が目に余ることとなった。

多くの人たちを犠牲にしてまで、何を欲しているのか全く持って理解不能であり、それこそ「暈け」を煎じて飲ませたいところである。

日本では戦の区切りを感じる盛夏に、ひとりの老人が朝の通勤人を横目に見るでもなく、缶酒を片手にアイスの袋を捨てていた。

マナーやルールが守れないのは若者の専売特許であった時代はとっくに遠ざかっている。

むしろその教育をなされぬまま、戦中、あるいは戦後すぐの時代を生きた老人は、虚空を見つめながら不徳をする。

これが戦争の影響だと想像した場合、徒に咎めることができないのは、我々戦争を知らない孫たちの「上から目線」であろうか。

今年は、花まだほころぶ前から「日本」を背負う若者たちを全国の人々が応援した。80年前の春には誰も想像できなかったことだろう。

80年後も同じであることを切に願い、一刻も早く、遠くの国の人たちも、不徳を許し歓喜に湧くようになることを願うばかりだ。